103系設計時の私鉄開発車
出典: CLUB103ウィキ
103系の構想が出たのは、中央線101系を6M4T運転しなければならなくなった昭和34年11月19日改正頃と考えられる。101系を6M4Tで運転すると言うのは旧形程度の性能で運転するという事であり、このころから運転曲線作成に取り入れ始めたRMS電流の値も101系はかんばしくなく、101系を8両編成で運転するためには6M2Tにしなければならない事が確認された。
そこで、非効率なMT比をとらざるを得ない101系に代わり、効率的な通勤電車を作る事になったが、101系では車両の性能面のみ追求した結果、設備面が追いつかなかった事もあり、新形通勤電車(103系)は各部署と綿密な連携のもとに設計された。
それらは、103系を設計した訳のあたりで詳しく説明するつもりだが、後年になって○○鉄道の○○系はこれだけの性能があるなどと103系批判の一つとして言われるようになった。そこで、103系の設計段階の1960年代に私鉄各社ではどのような形式を作っていたのかをはっきりさせたい。
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東急6000形
- 直流複巻モーター モーター1個で2軸駆動
- 平均駅間距離1200mの各駅列車、表定速度36km/h
- 平均駅間距離2920mの急行列車、表定速度46km/h
- MT編成としたいが、各駅停車の加速度を考えるとMM編成とせざるを得ない。そこで、モーターを4個直列でつなげ、弱め界磁を大きく取って高速性能を確保して価格抑制
- 先頭車28.5t、中間車28.0t
- 先頭車130人、中間車140人
- 100kw 375V 295A
