5分でわかる103系

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大量生産へ

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 試作車が登場してから一年、1964年度から満を持して量産が開始される。101系をこれ以上製造すると無駄が多く発生する事もあり、1963年度の通勤用車両の製造は極力抑えていた事と相まって、1964年度と1965年度の2年間で約600両※1の大量生産が行われる。
 その後も数多くの路線に投入されていくが、若干駅間の長い路線なども含めて、オールマイティに通勤路線の新性能化・輸送力増強に活躍していく。
 そして、大量生産に伴う製造コストの低減は、第三次長期計画という三兆円からの設備投資を行った後の債務がふくらんだ国鉄にとっては、これほどありがたい事はなかっただろう。

10両編成が決定づけた103系の優位性

 1965年には京浜東北線にも投入されたが、翌1966年に10両編成に増強された。その際4M4Tから6M4Tと電動車比率が大きい編成を組んだ。これにより103系の性能は若干高まり加速度も2.5km/h/s以上を確保するに至った。
 この10両編成での103系の性能は、加速度の高さから、出発してすぐに速度を上げる事ができるため、早い時間で遠くまで走る事ができる。要は他の近郊形などに比べるとスタートダッシュで差を付けてしまう運転ができるわけだ。
 このことは、駅間距離が3km以下の国電区間にとっては有利な運転方法で、103系の後継車種である201系との比較でも、駅間が長くなれば別であるが、3km以下ではそう大きな違いは出てこない。
 つまり、103系の10両編成の実力というのは、103系が量産された15年後に設計された201系にも匹敵するものがあったと言う事なのだ。そして、201系が103系に比べて36%ほど出力の大きなモーターを付けたために電機子チョッパ制御という最新の制御方式を用いないと消費電力で103系より大幅に大きくなる点を考えたならば、103系の性能は半世紀前の設計を考えるなら非常に完成されたものであったと言える。

冷房化への要求にもこたえた余裕の設計

 1970年代は通勤用車両にもクーラーが取り付けられるようになってきた。そのサービスを提供するには車両に大きな冷房装置と、それを稼働させるための電源が必要になる。これらは車両の重量を増加させるものなので、車両の性能に余裕が無いと取り付けて運転する事は出来ない。
 103系はその点でも、これらの重量物を車両に取り付けても、今まで通りの運転をすることができた。厳密に言うと50km/h程度から上は、重量増分の性能低下はあるのだが、加速度に関しては今まで通りの値を確保でき、またモーターにかかる負荷も許容範囲内に収まった。
 これは、103系の設計時に101系のモーターの熱容量不足が問題になっていた事から、103系ではかなり余裕を持たした作りとなっていた。そのことが、冷房装置という重量物搭載という要求を見事にこなせた理由である。ちなみに101系も一部車両が冷房改造されたのであるが、各駅停車として使う場合は10両中3両までしか冷房装置を付けれなかった。それ以上冷房車を増やすと重量増によって所定の運転時間が確保できなかったのだ。
 また、出力をあげた形式(120kwの通勤形)の場合は、冷房装置を積むと熱容量的に一杯一杯なので、少し苦しいのではないかと言われている。

103系は実は速い!

 上のスタートダッシュに関連するのだが、実は103系というのは他の形式に比べて非常に速いのだ。そんなはずは無いと思われる方も多いだろうが、スタートダッシュが良いが高速での加速が緩やかな103系が1km先を85km/hで通過したのと、スタートダッシュは良くないが高速でも加速が良い113系が1km先を90km/hで通過した場合、この両者はどちらが速いだろう?多くの方が113系の方が早く90km/hに達しているのだから113系の方が速いと言うのでは無かろうか?現職の運転士ですらそういう考えの方も多い。
 しかし、よく考えて頂きたいのだが、速いと言うのは一定の時間に遠くまで走った方に与えられるものでは無かったのか?速さとはゴールに達した時間を競うものであるのに、上記の例だとゴールに達した時点の時速を競っている。これでは正確な比較は出来ないのだ。マラソンで先行していた走者がゴール寸前よれよれで倒れ込んでも1位は1位で、2位がその時点で1位のランナーの2倍の速度で走っていても2位は2位なのだ。
 実際、上の例では1km先に到達するのは113系より103系の方が先だ。つまり、時速100kmまでの時間がかかったとしても、実際には時速100kmを軽々出せる形式よりも「速く」走ってるケースが多いのだ。
 これらは、運転曲線という性能図を書けば、すぐに判明する・・・

技術的に見た完成形

 よく103系が20年も量産されたことを「技術の停滞」と称して103系を批判するケースがある。もちろん常に新しい技術を用いて何らかの生産を行う事は必要ではあるが、その技術が今まで使っていたものよりも劣るものであるなら、それをわざわざ使う必要は無い。
 103系の場合は、国鉄という大きな組織の中での車両であること、第三次長期計画後に非常に債務超過に陥った状態では電気代や車両製造費などに余裕が無かった事などの大きな要素も加味しなければならない。
 「お金はいくらでもある」事を前提に「こんな技術」「あんな技術」と言われても、結局経営を圧迫する不利益なものにしかならないのだ。電機子チョッパやVVVFという制御系、アルミ車体やステンレス車体などの車体軽量化等、国鉄は早くから様々な研究をしている。
 それがなぜ実用にならなかったのだろうか?結局、使えなかったわけだが、それらの状況を無視して「これを使っていれば」というものと103系を比較する事は公平さに欠くのではないかと私は思っている。
 高速域での加速度が弱いなどの短所はあるかもしれないが、その短所を大きく上回る長所があり、当時の国鉄で使用する上ではこれ以上の車両は作り得なかったのではないかと思う。そういう意味では技術的に完成系であったと私は思っている。※2

   
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