103系のための運転理論

3600Aの壁

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3600Aの壁

国鉄線で使える最大電流は3600A

 スペックが高くても実際には使えないと書いたが、では実際には使えないという部分、何がどうなれば使えなくなるのかについて1960年代の資料に基づいて見ていきたい。ただし、現在はその後の設備投資などによって状況が変化している可能性があるが、あくまでも103系という形式が設計された頃の話を基準にしているので、現在については調べていない。しかし、国鉄が1988年まで山手線で103系を使っていた事や、電機子チョッパ制御車を試作していた事実を考えると、少なくとも国鉄時代は大都市圏の通勤路線については、そう大規模な設備投資はなされていなかったと推測する。
 さて、101系試作車が全電動車編成として試運転を重ねた結果、そのままでは営業運転出来ないことがわかった。その時に電力量の目安として出されたのはピーク電流3600Aという上限値である。ピーク電流とは編成単位の電流量で、モーターに流す電流の総量と言える。
 ここで、電車列車がどの程度の電流を消費しているかを見てみよう。通常101系以降のいわゆる新性能電車については、モーター車はMM'ユニット制をとっていて、この2両のモーターを直列または並列につなぎ替えて使用している。起動時は2両の8個のモーターを直列につなぎ、途中から4個ずつ並列につなぐ処理をしている。抵抗制御の場合、電流量は限流値に支配され、速度が上がって電流量が限流値まで落ちると、抵抗を少し抜いて電圧を上げて電流量を増やす処理を行っている。直列で全ての抵抗を抜いた後は、回路を組み替えて並列にするが、その段階で電流量は倍になる。
 よって、電動(モーター)車に流れる電流は、直列で限流値+αとなり、並列になると(限流値+α)×2となるわけだ。
 10両編成で全電動車の場合、5ユニットあるわけで、1ユニットあたり720Aまで許容されている事になるが、これは並列時には直列時の倍の電流が流れる事を考えると、限流値は720÷2以下でなければならないことがわかるだろう。つまり、当初予定されていた限流値480Aという運転は出来ないことになる。実際には限流値プラスαのαの部分を勘案すると、限流値を280Aに抑えなければならなかった。
 この3600Aという制限は中央線快速に使う場合であるが、それ以外の通勤路線では、2500A〜3000Aという制限値であった。

その制約で高性能車は運転出来るのか?

 これらの制約から、例えば6M4T編成でも1ユニットあたりの電流制限は約1000Aであり、直列時の限流値は400A台に抑えなければならない事がわかる。その状態でどのような性能を出し得ただろうか?
 ここで、例えば小田急のHE車のような高出力モーターで加速度を高めたような形式を走らせるには定員乗車での限流値が500Aにもなり、定員状態でも運転できない事になる。HE車は250%乗車まで応荷重装置が働き加速度一定になるのだが、応荷重装置というのは定員に応じてモーターに流す電流量を調整するのが主な役目だ。
  定員で500Aの電流が必要なHE車は250%乗車だと680Aからの電流を要する。もちろん6M4TとM比率が高いので少し控えめな設定でも良いのであるが、このような性能の車両が国鉄線では使えなかったのは明確である。更にHE車は粘着力を高めるためにM車とT車の車長が違っており、小田急線に特化した仕様となっている。国鉄は広域転配を視野に置いた標準化がなされた車両が必要であり、このような編成の自由度が阻害されるような形式はそもそも国鉄では使えない。
  これはM車を3両ユニットにしたNHE車にも同じ事が言え、5両や6両編成であればなんとかなろうが、7両や8両では非常に使いにくくなる。10両の場合は6M4Tが組めるとは言え、編成の自由度は極端に低い。直巻電動機で回生ブレーキを使えるメリットはあるが、固定編成になると国電では使いにくい。
 結局、民鉄と国鉄の規模の違いというのがあり、国鉄では2分間隔で10両編成の電車が走っていたのに対して小田急では同じ2分間隔でも平均6両編成の電車しか走っていない。つまり、国鉄では1時間あたり300両の電車が走るのに対して、小田急では180両しか走っておらず、民鉄が電力を多く使う高性能車を走らせていたとしても、それは1時間あたりの通過車両数が少ないからなせる技であり、国鉄の環境で同じ事が出来ないという点について、もっと多くの人に知って貰いたいなと思う。
 要はこれらの制約がある事がわからなければ、103系の設計コンセプトが理解できない。

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